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ぬるい懐古オタクがだらだらと語るだけ。

アニメ「バナナフィッシュ」20話&21話

「バナナフィッシュ」のヒロインは英二かと思っていたんですが、私の間違いでした。ヒロインはモテモテで何度もさらわれるお姫様なアッシュです。で、癒し系の彼が英二君で、ヒロインに嫉妬して意地悪するライバルが月龍ちゃんです。

 

ということで、第20話と第21話の雑感をざくっと。

 

  • 第20話

冒頭で、コルシカ財団は金の力がすべてで、ユダヤ人にとってかわろうとしている、云々というセリフがありましたが、これって原作通り? 原作通りにせよ、アニメオリジナルにせよ、こういう民族的ステレオタイプなセリフは削るべきでした。ユダヤ人は金に強欲だの、金の力で政治を牛耳っているだの、こういうユダヤ系に対する偏見はシェイクスピアの昔からあるものですが、人種的・民族的ステレオタイプが批判されている今、アニメもグローバル展開を考えるなら、こういうネタはやめるべきです。そもそも、ユダヤ人とわざわざ言わなくても、コルシカ財団が金の力を誇示しているってだけで、意味は通じるでしょ。

 

地下水道と自然史博物館の戦闘シーンはかなり省略されていましたねぇ。でも、想像していたより違和感はなかったので、省略とつなぎ方は上手だったと思います。アクションシーンにもう少し迫力があればよかったんですけど。

 

さて、今話は月龍ちゃんが色々な意味で大活躍した回。ブランカがアッシュの味方をするために月龍と契約したことを悟って月龍が怒るシーンですが、何度みても月龍が可哀そう。ブランカは月龍に中途半端に期待をもたせるくらいなら、最初から関わるべきじゃなかったよ。孤独な月龍に同情したんだろうけど…。

最後にゴルツィネが月龍にくぎを刺すシーンはよかったです。ゴルツィネも月龍を対等のビジネスパートナーというより、箱入りおぼっちゃん扱いしている感がよく出ていたね。ゴルツィネの方が狸で遥かにうわてだ。

にしても、アッシュに敵対するグループの声優陣は、石塚さん(ゴルツィネ)、森川さん(ブランカ)、福山さん(月龍)と、どなたも芸達者で迫力があるんですが、アッシュ&英二は演技が印象に残らず、迫力に欠けているのが残念。

 

そうそう、英二が頑張って銃を撃つんですが、役に立っていないところが英二のいいところです。(嫌みじゃないよ!)

アニメでも撃つときに目をつぶっていましたが、原作ではコングとボーンズが「目つぶりながら撃つなよ」って呆れてツッコミを入れるシーンが好きでした。アニメではツッコミが省略されていて残念。ゴルツィネを至近距離で撃って外すシーンでは、シンが「なんであの距離で外すんだよ」って呆れているセリフはちゃんとありましたが。

 この辺からシンが段々辛い立場に追い込まれていくのが悲しいなぁ。

 

  • 第21話

まさかのフォックス大佐登場。うーん、省略するかと思ったけど、出してきたか! となると、あのレイプシーンやるのかねぇ。いやだな……。原作でもかなり不愉快だったのですが、このアニメスタッフだと嫌な意味で気合を入れたシーンにしそうなので、もうイヤな予感しかしない。うう。

フォックス大佐のCVって堀内賢雄さんか! うーん、堀内さんはすごく好きな声優さんだけど、ダミ声な人がよかったなぁ。まあ、私の脳内では堀内さんのお声は騎士の声(某「ハマーン様バンザイ」のバラの人)とインプットされてしまっているのが悪いんですが。

マックスが登場したのはうれしい! あの写真を焼くシーンは好きだったので、削られずにすんで嬉しいです。ところで、マックスがアッシュを待ち構えていたシーンで、ニューズウィークの編集長は俺に似て諦めが悪いんだ、云々というセリフが原作にはあったと思うんですけど、これ削ったので筋書きがわかりにくくないですか? つまり、バナナフィッシュの資料は全部アッシュに引き渡したからお蔵入りになったけど、子ども売春の件は暴くぞってことだから、このセリフを入れて欲しかったな。アッシュは大人を信用しないけど、それでもアッシュを助けよう、正義を追及しよう、という大人がいると示すのは大切だと思う。

ジェシカも再登場!ジェシカ大好き!でも、今回は、なんか演技がイマイチだなぁと思ったんですが。前はそんな風に思わなかったのにねぇ。

ところで、今回はかなーり省略されていますよね。原作が実家にあって確認できないんですが、籠城戦とかオトリ作戦とか、いろいろあったはず。プロットがちょっとわかりづらいなぁ。ジェシカがなんで戦闘に加わったのかも省略されているし。そういえば、マックスがケインに「48時間後に再婚しようって言えばいいのに」とかなんとか茶化されていたような気がするんだけど、これも省略された?

ブランカが月龍を諭すシーン(血縁に苦しめられたあなたが血縁を使って云々)は省略されなくてよかった。CV福山さんと森川さんは演技が安定していて、安心して聞いていられます。シンの演技がもう少し安定していればいいんですが…。CVの方には頑張って欲しい。シンは月龍とアッシュ陣営を結ぶ重要な存在だし、月龍と同世代の少年として対等に話せる唯一の存在だし、アッシュの最期に関わる存在だし、ということで後半の重要人物なので、正直、もう少し演技の安定した人に演じてもらいたかったなぁ。

 

なんにせよバナナフィッシュもあと数回。終わっちゃったら、寂しくなるな…。

 

 

 

サウンドCD「Gundam Odyssey」(ガンダムZZ再考 3)

今週は連休で、束の間の休息。ああ、冬休みが待ち遠しい……。

ここ最近、アニメ版バナナフィッシュの話題ばかりだったので、久しぶりに違う話題でも。

 

サウンドCD「ガンダムオデッセイ (Gundam Odyssey)」(1991年)について少し書き残しておこうと思います。

 

 

GUNDAM ODYSSEY

GUNDAM ODYSSEY

  • アーティスト: サントラ,林原めぐみ,椎名恵,冬馬由美,永井一郎,戸田恵子,池田秀一,池田鴻,TVサントラ,飛田展男,島津冴子
  • 出版社/メーカー: キングレコード
  • 発売日: 1991/03/05
  • メディア: CD
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中古品の入手自体は簡単でした。レンタル落ちのものが安価で出回っています。

 

 2枚組のCDで、主題歌にキャラクターの語りが入ったサウンドトラック+ラジオドラマという構成になっています。初代ガンダム、0080(ポケ戦)、Z、ZZ、逆シャア、F91までを時系列的にカバーしています。

1991年に発売の公式作品なのですが、映像作品ではないので、見過ごしてしまっていました。

一見どうっていうことのない、サウンドドラマCDという感じなのですが、よく聴くと新しい発見があって非常に面白かったです。正直に言いますと、今更、当時の公式もので新しい発見があるとは思ってもみなかったので、自分的には結構衝撃でした。

 

で、そもそもなんで今更こんな古いものを購入したかというと、以前のエントリーがきっかけでした。

 

banana-snow.hatenablog.com

 

どなたか作られたか存じ上げないのですが、「一年戦争史」というお気に入りのガンダムMADがありまして、その中で使われていたハマーン様の独白音声を探しているけど見つからないよ~と喚いていたところ、通りすがりの親切な方がこのサウンドCDですよと、コメントして教えてくださったのです。

ということで、このサウンドCDにはまだお若いころの榊原良子さんの撮り下ろし音声が入っています。もうそれだけで買う価値はあると思えるくらいに榊原さんが好きです。

Disk 1はファースト、ポケ戦、Zガンダムの前半(フォウの死まで)がカバーされています。

Disk 2 の内容は以下の通りで、Zガンダムの後半(アクシズを交えた三つ巴の戦い)、ZZ、逆襲のシャア、F91をカバーしています。(F91はエピローグ扱いなので、あまり内容はないような)

1. 水の星へ愛をこめて 
2. ステージ9 発動
3. ステージ10 ジュドー・アーシタ
4. ステージ11 プルとプルツー
5. ステージ12 奔流 
6. 「逆襲のシャア」メイン・タイトル
7. オーロラ
8. ステージ13 革新
9. ステージ14 主権
10. ステージ15 アクシズ
11. ステージ16 光芒
12. ビヨンド・ザ・タイム
13. エピローグ~君を見つめて

 

で、問題の「Stage XII 奔流」はハマーン様の独白から始まります。

我々はなんとしてでも勝たねばならない。そのためにはプルツーのような強化人間に頼らなければならないのもまた事実。……フッ、ジオンに兵なしとはよく言ったものだ。シャア・アズナブルか……。あの男さえいてくれたならな……。あのように……あのようなことにならねば、まだ手はいくらでもあったというのに、それほどまでに私が許せなかったというのか、あの男。……これも所詮愚痴か。私にはそのような過去を引きずっている時間はない。目の前の敵は退けなければならん。ジュドー・アーシタ……。フッ、あれほどまでに無垢に生きてもみたかった。叶うことならばな。しかし、けじめはつけさせてもらう。

 

この独白は、榊原さんの吐息まじりの演技がめちゃくちゃエロいという身も蓋もない感想は置いておいて、なんというか胸にぐっとくる……。本編でハマーン様は愚痴を漏らすことはなかったので、こう脆い内面を見せられると、辛いよね。孤独なヒロイン感が漂っています。にしても、榊原さんって、強い女が垣間見せる脆さとか儚さを感じさせる演技が本当にお上手です。しかも、吐息がそそるなぁ……。

 

兵力に劣るネオジオンが勝つためには「プルツーのような強化人間に頼らなければならないのも事実」というセリフは、マシュマーとキャラを強化人間にしてまで使わなければならなかったことの言い訳ですかね。(実際のところ、プルツーに頼っていたのはグレミーだったから。)ハマーン様はあの二人を強化人間にしてしまったことを内心気に病んではいるんだけど、それを面に見せられないんだよね。そして、この期に及んでもまだシャアに頼りたかったっていうのがねぇ…。Zガンダムの後半であんなにいがみ合い、殺し合い、訣別しているのに、それでもシャアを諦めきれないのがハマーン・カーンという女だとわかってはいるんだけど、すごく痛々しい。

 

ハマーン様はジュドーに対して「退けなければならない」敵だと一応認識はしているんだけど、憎悪とか嫌悪とかそういうネガティブな感情は全く見えないのが、この二人が戦う理不尽さを感じさせる。彼女には、Z後半でカミーユやシロッコと戦った時のような殺意とか悪意のようなものがないし、あくまでも「退ける」だけ。ジュドーにはリィナの件があるから戦う理由があるけど、ハマーン様にはないんだよね。でも、自らの進路を阻む存在は「敵」として認識せざるを得ないから、「けじめ」として戦うっていうのが、非常にやりきれない。ラスボスとの一騎打ちが無意味な戦いとなれば、ZZの物語自体が無効にされてしまう。(そしてハマーン様の死も。無駄死に…)二人とも本当に倒さなければなければならない相手は別にいるっていうことはわかっているんだけど、運命的に戦わざるを得ないっていうのが、ガンダムらしいといえばそうなんだけど…。

で、ここでも、「大人のハマーン」vs「(無垢な)子どものジュドー」という対比がなされているわけですが……。叶うものならジュドーのように無垢に生きてみたかったという告白は意味深。シンプルに考えれば、

  • 子ども時代を子どもとして無邪気に生きられなかった。(一年戦争の頃はフラナガン機関にいたから。)
  • 少女時代はアクシズで政争と戦争に明け暮れた。(ミネバの面倒を見ながら父の跡を継いでアクシズをまとめて、地球圏に帰還準備を進めて…などなど。シャアとの初恋も、むしろ辛い思い出。)

無垢でいられたはずの十代を奪われてしまった恨み節? 

物語的に言えば、ジオンの政治体制や取り巻きの大人たちが彼女を無垢な女の子でいさせてくれなかったということなのだけど、メタフィクション的に考えれば、ZZの製作陣が、Z時代では生意気な小娘だったハマーン・カーンをZZでは大人の女にしてしまったんだよね……。

ZZでは大人vs子どもという基本構造があるから、子どものジュドーと対比させられるためにハマーン様が大人の女にさせられてしまったのがここでも明らかに。Z時代の生意気な女の子っぽさをジュドーに対しても見せていたら、ジュドーとの関係はどうなっていたんだろうか、と妄想が湧きます。

 

で、この独白のあと、「サイレントヴォイス」をBGMに二人の一騎打ちシーンが続くのですが、ここで一つ面白い改変が。

ハマーン様の最期の言葉ですが、

テレビ本編「帰ってきてよかった。強い子に会えて」

サウンドCD「帰ってきてよかった。強い子たちに会えて」

ええー、どうして複数形にしたの??? 

単数形だと、ジュドーのことを指すのは明らかなので、彼がハマーンにとって特別な存在だったってわかるけれど、複数にすると、シャングリラの子どもたちを指すことになるから、二人の特別な関係性が薄くなってしまう。なによりも、複数形だと子供たちに対する「お母さん」っぽさが強調されるわけで。でも、以前のエントリーでも言ったけど、ハマーン・カーンという女の本質は少女であって、母になることを拒絶しているひとだから、そんな彼女を無理やり母にするのはひどいと思う。ハマーンをお母さん扱いにして彼女の死に意味を持たせるのはやめてくれー。

 

(以前のエントリーでZZのハマーン様大人化&母化問題について書いているので、もしよろしければどうぞ)

 

banana-snow.hatenablog.com

 

 

でもって、この「複数形」問題なんですが、逆襲のシャアでも同様の改変が!

「Stage XIV 主権」にシャアの演説があって、その中でハマーンを批判するところですが、

劇場版本編「ザビ家の残党を騙るハマーンの跳梁ともなった」

サウンドCD「ザビ家の残党を騙るハマーンらの跳梁ともなった」

まあ、確かに第一次ネオジオン抗争はハマーンだけの責任じゃなくて、彼女を担ぎ上げた人たちにも責任はあるわけで、複数形にすることで彼女以外にも責任があると指摘しているのはいいことだ。(ただ、シャアはハマーンに対してそんな思慮があると思えないけど……。)

あ、ちなみにここでシャアが「ハマーン・カーン」とフルネームで呼ぶのではなく、「ハマーン」と名前だけで呼ぶのが好きです。なんというか、シャアが「身内の不始末」と捉えている感が漂うので。

 

最後に、このジュドーとハマーン様の一騎打ちのあと、ジュドーはブライト艦長を殴って、「一千万年銀河」が流れ始めるんですが、ZZ締めくくりのナレーション(これブライト艦長=鈴置さんのお声だよね?)なんとも後味が悪い。

 

そしてこの戦いの後、ジュドーは自分をさらに高めるべく木星へと向かった。それともそれは、嫌な人間たちのいる地球にさよならを告げるためだったのかもしれない。

 

うーん、木星に旅立ったのは、「子ども」のジュドーがイヤな大人たち(地球人)に敗北したってことなのか……。ZZはガンダムに珍しくハッピーエンドの作品とされているんだけど、必ずしもそういうわけではないよね。ハッピーエンドと言われる要素は、リィナとジュドーの再会があったからなんだけど、政治的には何ら改善の兆しがないという…。ハマーンが死んで、ネオジオンは敗北したけど、だからと言って地球連邦が変わるわけではないし、日和見な大人たちは相変わらずだし。ブライト艦長は大人の代表としてジュドーに殴られたけど、本当に殴られなければならない人(地球連邦のお偉いさん)は別にいるよねってことで、これもハマーンとジュドーの戦いの構図と同じだよね。

大人の代表として倒されて死んだハマーン様は無駄死にだし、同じく大人の代表として殴られたブライト艦長も殴られ損だ。バッドエンドとまではいかなくても、ハッピーエンドと言い難い…。

 

ところで、閃光のハサウェイが映画化されるそうですが、あれもとうとう公式になっちゃうのか。どこまで、宇宙世紀ものに依存するんですかね、ガンダムシリーズは。お金持っている中年は宇宙世紀ものにしか反応を示さないからなんでしょうが、うーん、複雑な心境だ。これでまた後付け設定が増えそうだし、なによりもブライト艦長がかわいそう。なので、閃ハサは映像になってほしくないとずっと思っていました。

ブライトさんは宇宙世紀シリーズの男性キャラで、シャアと並ぶくらいに好きなので、不幸になってほしくない……。シャアは私にとってすごく愛憎のあるキャラなので(ハマーン様絡みで「憎」の部分も大きい)、純粋に好きだと言えるのはブライト艦長の方かも。だから、閃光のハサウェイが映像化(=公式化)して、ハサウェイが処刑されるのはブライト艦長が可哀そうすぎてたまらない。あ、ハサウェイ生存エンドならいいんですけど。

 

アニメ「バナナフィッシュ」18話&19話

そういえば、ここ最近のバナナフィッシュでは、エンディングの音楽とスタッフロールを本編に重ねて足りない尺を補い始めましたねぇ…。前期ではいわゆるシティハンター方式で、本編が終わる前にエンディングソングをかけ始めていたのですが、今はエンディング映像すらなし。もういっそのこと、(演技が聞き取れないから)エンディング音楽なしでいいんじゃない? スタッフロールは必要ですけど、どうにかならないのかな。

 

以下雑感。

  • マックスとブランカ

第18話、英二を救うためにアッシュがマックスを脅してバナナフィッシュの資料を全て引き渡すように要求するシーンがこのエンディング部分に押し込まれたのがすごく残念でした。アッシュが何も言わなくても、マックスは英二が危険にさらされていることを理解して、心血を注いだ資料を引き渡し、アッシュに「行け。行って、お前の大切な友達を救え」というシーンがすごく好きなのよ。マックスはアッシュのよき理解者であり、大人としてアッシュと信頼関係を築いているんですよね。アッシュも英二やほかの仲間には言えないことや頼めないこともマックスには頼めることがある。アッシュは過去の件から大人を信用していないけど、マックスは数少ない信頼できる大人なんだよな。

ブランカが登場してから、また、バナナフィッシュを巡るミステリーがプロットの主流から外れつつある今、マックスの存在感が少し薄くなっているのは寂しいですねぇ。あと、アニメの制作側は、英二とアッシュの絆に焦点を絞って、他を切り捨てるという策を取って(尺がないから仕方ないんだけど)その結果、アッシュとマックスの絆は削られてしまったという感じですかね。ちなみに、月龍がアッシュにドースン博士とバナナフィッシュの資料を引き渡せと要求するシーンで、月龍の「君は何もかも失うんだ。探し求めた真実も、兄の復讐も、仲間の信頼も」というセリフがあったんだけど、これ原作では「マックス・ロボの信頼も」だったと思うんだけど…。(原作が手元にないので違っていたらすみません)

 

マックスとブランカは二人ともアッシュの理解者である大人の男性なんだけど、とても対照的。ブランカはあくまでも裏社会(マフィアの世界)の論理で、アッシュを手助けしようとするんだけど、マックスはあくまでも表社会の立場のままで(でもジャーナリストだし、戦場に出てたこともあるから、ダークな世界も理解はできる)、アッシュを理解し、助けようとしているのが大きな違いですかね。アッシュに本当に必要なのはマックスのような大人だと思う。連載当時は、ブランカが好きだったんだけど、責任ある大人のすることじゃないと最近は思うな…。月龍に対しても、彼なりに同情しているんだろうけど、救えないのなら、最初から関わるべきじゃなかったと思う。救ってくれる人を求めている月龍に期待だけさせておいて可哀そうと思うのは、まあ私が月龍贔屓だからなんだけど。

 

  • 月龍

 陰険で捻くれた性格を発揮してくれています。福山さん、いやーんな演技していますねえ。(もちろん、褒めています)

第19話では、月龍の数少ないギャグシ-ンが…。このアニメスタッフならやるだろうと思っていたんですが(苦笑)、やっぱり入れてきましたねぇ。これ、変なキラキラ効果音とか涙の線とか入れなくても十分ギャグシーンになるから、入れなかった方がいいと思うよ…。このアニメのギャグシーンに関するセンスがいまいち合わないな。あと、月龍を女の子扱いはちょっとねぇ。もちろん、月龍は、少女漫画でいうヒロイン(英二)のライバルポジの女の子というのはわかるんだけど、過剰な女の子扱いはちょっと…。ブランカが跪いて月龍の手にキスするなんてやりすぎだよ!(でも、「こんな手段を使ってごめんなさい」と謝る月龍の素直な様子は可愛い!)

 

あと、英二が訪ねてきた時、私室で着ていたノースリーブも可愛すぎです。あんな女の子っぽい服を着せちゃだめだよ~。

月龍と英二の口論シーンは、英二の「バカ!」がちょっとパワー不足だなぁ。シンの「あんたの負け!」があんまり説得力がない…。

 

月龍がブランカに懐くのは、彼も庇護されたいんだよね。彼は庇護されるべき子ども時代に守られることがなかったからねぇ。英二に理不尽な怒りをぶつけているのも、無力な彼がアッシュに一方的に庇護されていると(月龍には)見えているからかな。アッシュに庇護されている英二のように、ブランカに庇護されたいんだよね。

でも、月龍がわかっていないのは、無力に見える英二もアッシュを守ろうとしているんだよね。彼の傷ついた心を。

ただ、アッシュが英二という唯一無二の理解者を得たということ自体は月龍もわかっているし、その事実はますます月龍を傷つけて、自らの孤独を思い知らされることになるんだよな。可哀そうな月龍…。

 

  • 時代背景

時代背景を現代に直す必要があったのかなとつくづく思います。おかげで色々ちぐはぐな部分が。18話で、新聞を読むシーンがありましたが、今時のアメリカで紙の新聞を読んでいる人はよっぽどのお年寄りくらいかと。あのシーンカットしてよかったと思う。アッシュと「お兄ちゃん」の「セサミストリートでお勉強してね」な、やり取りを 再現するためだったんだろうけど、ここをカットすれば、最後のマックスとのシーンをエンディングロールに入れずにすんだよね。

あと、架空の国家「カフガニスタン」とか反政府組織「マリバン」(勿論、アフガニスタンとタリバンのもじり)を混ぜるのはすごく中途半端で気持ちが悪いです。当時の設定でもよかったと思うよ。どちらにしても、「バナナフィッシュ」の政治的なプロットは、あくまでも舞台装置に過ぎないと思うから。それに、連載当時ならともかく、今時、親米政権を中東に作って云々というプロットに説得力はない。

 

ということで、アニメ「バナナフィッシュ」もあと6話くらい? どうプロットを畳むのか、楽しみです。

 

 

 

アニメ「バナナフィッシュ」16話&17話

アニメ版「バナナフィッシュ」16話と17話の感想をざくっと。仕事がたてこんでいて、なかなか詳しい感想を書く時間がとれない(涙)。

 

  • 16話

今回はテンポがよくて、今までの中で一番違和感の少ない回だったような気がします。好きなセリフ(マックスがアッシュに再会して「まどもだ」と驚くセリフとか)がいくつか削られていてちょっと残念ですが、尺を考えればやむを得ないかと。

あと、このアニメ版は原作に忠実なあまり、漫画的な表現のギャグ(呆れた感情を示すために、汗が大きく描かれる、など)をそのまま使っているのすが、これはシリアス展開とかなりギャップが出て興ざめするので、もう少しなんとかならなかったのかねぇ。

アニメという媒体が可能にするギャグ展開(例えば、前回のキャンディバーダンスとか)はちゃんと機能しているので、アニメ(音と動きがつく)ならではのギャグ表現を工夫してくれればいいんだけど、まあ無理なお願いだよね。

ギャグシーンが下手なのはわかったので、もういっそのことカットでいいよ。

アクションシーンはアッシュのありえなさっぷりを改めて認識。未来少年コナンみたいだね。(たとえが古くてすみません)ドースン博士が大人しくて可愛いと不覚にも萌えた。ジジイ好きなのだな。

 

  • 17話

えーと、アニメ版のバナナフィッシュは月龍に萌えるために見ることに決めました。

CV福山さんの演技はいいのう。すごくはまり役だわ。ゴルツィネとの会話は相変わらず間がないけど、まあOKかな。石塚さんのお声が迫力がなくて悲しいです。病をおして収録されていたのでしょうか・・・。そう考えると、何も言えなくなる・・・。お亡くなりになられたのが、本当に残念です。つい最近、ようやくガンダム00を見始めて、CV石塚さんの中佐がとても素晴らしくて惚れたので、ますますご逝去が悲しく思えます。

月龍が王龍とやりあって殺すシーンはいい感じで間があったので、福山さんの演技を堪能できて満足。

月龍のシーンはいつも気合が入っていると思うのですが、アニメ版スタッフに月龍ファンがいると確信しています!

そうそうこの回の予告はめっちゃ笑いました。英二と月龍って本編では相性最悪だけど、予告はそれを逆手にとって、なかなか笑わせてくれます。福山さんも気合入っているね。そういえば、以前の予告でも月龍ちゃんはシンに話を聞いてもらえなかったけど、そういうキャラでいくのかね。

もうへたくそなギャグを本編に入れるのはやめて、予告に全部ぶっこめばいいんじゃない? それで充分面白いと思うんだけど。

 

あと、とうとうブランカ登場しましたね。CV森川さんはまっているねぇ。月龍との会話が今から楽しみ。ちなみに、シンが月龍の隠れ家を訪れた時、背の高いブランカに背後に立たれて「日当たりが悪くなる」と怒るシーンはあるのかしら? 月龍とブランカとシンの三人の会話が好きなんだ。月龍がシンとブランカには年相応な様子を見せるのがすごくかわいいと思う。

 

目下の関心はどうやって話をたたむんだろうかということのみですかね。

 

 

 

アニメ「バナナフィッシュ」15話

アニメ版「バナナフィッシュ」第15話を見ました。

今、仕事がめちゃくちゃ忙しくて時間がないので、以下箇条書きで雑感。(月龍ばっかですみません)

 

1)月龍の花柄セーターは何あれ?ちょっと・・・服の趣味が悪いという設定なの?それともスールーが若様のために買ってきたとか?普通のシンプルなタートルネックセーターでいいのに。そんなに視聴者を笑わせたいの!?

2)月龍のお屋敷の電話はなぜあんなにレトロなの?わざとなんだよね・・・。現代設定というのを忘れたわけではなく、ノスタルジック香港という設定なの?

3)前から思っていたんだけど、月龍の部下はなぜみんな中華服?これもノスタルジック香港設定?私の脳内では、月龍の部下は表向き高級中華レストランのウェイターという肩書なので、みんな中華服を制服として着ているということにしました。(実際、あんな中華服をアメリカで日常着ているのは高級中華の店員くらいしか思いつかないよ)

4)月龍がとうとう中国語(普通話)を話した!香港なら広東語じゃないの?と思ったけど、部下は大陸出身者もいるから標準語を使っていると脳内解釈。CV福山さん頑張ったのね。「不用坦心。我有想法。」と言っているのかね。たどたどしいのが、香港人っぽいとこれも脳内解釈。(ちなみに私の中国語もかなーり怪しいので、中国に行くと、よく香港人と間違われます。)

5)月龍を人質にとって英二が逃亡し、対峙する、でシンも登場してという流れはほぼ原作通りですな。CV福山さんの演技はいいですね。英二と月龍のシーンは劇伴の音量を下げて欲しかった。(前から言っているけどさ・・・)

6)お願いだから、「間」を入れてくれ。

英二が立ち去ったあと、シンが「なんで行かせたんだ?」というセリフの前に一呼吸欲しかった。で、そのあと月龍が速攻で「一人にしといてくれないか」っていうんだけど、ここにも間が欲しかったよ。その後シンがたたみかけるように「さっき、本気であいつに撃てって」と続くんだけど、ここも一呼吸の間が欲しかった。

シンと月龍の会話が好きなんだけど、間がないから、ただお互いに畳みかけるようなセリフの応酬になっていて、2人の会話の繊細さが消えちゃっているよ・・・。

7)尺がないんだから、アッシュの「キャンディバー」シーンをフルでやる必要ないでしょ?あのシーンを入れたい気持ちはわかるんだけど、全部する必要はなかったと思う。その分、会話に余裕を持たせてよ。(シンと月龍だけに限らず、マックスなど他のキャラも含めてさ)じゃないと、単なる原作のダイジェスト感が増す一方だよ。

 

このアニメ版は原作を未読の方や原作を一回くらいしか読んだことがないという視聴者が話の筋書きを追うにはいいと思うんだけど、原作ファンは話の筋書きわかっているからね・・・。あらすじだけのアニメじゃなくて、それ以上を求めてしまうんだよね。

 

あと残りは10話くらい?どうやって最後までたどり着くんだろうか・・・。

 

 

 

 

アニメ「バナナフィッシュ」14話

アニメ版「バナナフィッシュ」第14話見ました。以下雑感。

 

  • オープニングとエンディングが変わった!

オープニング曲はちょっとよくなったかな。(とはいえそれほど好みではないなぁ)

一瞬ですがブランカが出ていた!ブランカは楽しみだ。月龍とアッシュに絡む時間はどれくらい残されているんだろうか。

あの変態な大佐はオープニングに出ていないから、出てこないのかなぁ。どう考えても彼に割く時間足りないよ。

空を見上げるシンの表情が切なくてやりきれないな。彼は愛されキャラだけど、最後の最後で一番重荷を背負わされてしまったよね。主要人物で一番若いのに・・・。

エンディング曲は、前期の曲がすごく気に入っていたから変わっちゃって残念。前期は話が終わる前にエンディング曲が流れだす、いわゆるシティハンター式のエンディングだったんだけど、これやめちゃったのね。ま、別にいいんだけど。前期の曲の印象的なイントロにはあのやり方があっていたと思うけど、後期の曲はあまり好みじゃないから、かぶっていなくてむしろ有難いかも。

 

  • 相変わらず詰め込みすぎ

今回一番顕著だったのが、冒頭の伊部さんとマックスが空港で英二を待っているシーンの伊部さんのセリフ。視聴者の視点から見てもセリフ詰め込みすぎで、早口になってしまっています。余韻とか感情を込める「間」が全然ない。詰め詰めセリフでも演技できるのがプロなのかもしれないけど、正直、CVの方に同情するよ。原作のセリフの良いところをかいつまむのが、脚本の腕の見せ所じゃないのかねぇ。

私は、正直、このシーンをカットしてもよかったと思うなぁ。伊部さんの迷う気持ちは今までにも結構吐露されているしね・・・。

この伊部セリフをキープするなら、あのナースのお姉さん方のシーンは予告編に回すべきだったと思う。それで結構時間が取れるでしょ。ギャグシーンは知能テストの部分で十分だったかと。結局、尿瓶を出したかったという下世話な動機としか思えんよね。視聴者サービスをした結果、他の重要な箇所が詰め詰めになってしまったら、本末転倒でしょ。

 

13話の感想でも言ったんですけど、私は吉田秋生先生の作品の何が好きかというと、会話の巧みさと繊細さ。バナナフィッシュは特に神がかっていると思う。だから、アニメ版の監督や脚本の方が、原作の素晴らしいセリフをそのまま再現したいという思いはよくわかるんだけど・・・。尺がないのは変えようがない事実なんだから、取捨選択して、「間」を大切にしてほしい。それが演出でしょ。そして、その部分にアニメ版スタッフの意地とセンスを見せてほしいなぁ。

 

  • 音楽の使い方が致命的に下手

まず、月龍が留置所に放り込まれたシンを迎えに登場したシーンの音楽は何事? チャラララーンとかいうキラキラした音は私を笑わせにきているの?

あと、前から何度も言っているけど、劇伴の使い方が下手だよね。月龍と英二の会話シーンだけど、せっかくの月龍の長セリフがうるさい劇伴のせいで聞き取りにくい。CV福山さんの演技を堪能したいのに! 劇伴の音量下げてくれ、頼むから。

 

まあ、文句はこれくらにしておこう。いつも口うるさくてすみません。バナナフィッシュと少女時代を過ごしたBBAとしては、原作厨と思われようが、言わずにはいられないんです。

 

さて、月龍が徐々に話の中心に絡んできて、楽しみだ。シンの表情がころころ変わるのも、ちゃんと描かれていて、よかったです。アニメスタッフの方で、月龍とシンのファンがいらっしゃるのかな。結構、ちゃんとした扱いで、月龍ファンの私はちょっとうれしい。吉田先生は月龍がとてもお嫌いだそうで、原作者に嫌われていたのはちょっと悲しかったんですけど、今のところ、アニメ版の月龍にはスタッフの方の愛情を感じるな。月龍の作画はあまり崩れないし、衣装は豊富だしね。でも、月龍は日頃はスーツ姿でいいよ。あの年でループタイというのはオヤジくさいけど、原作通りなの? (原作が手元にないので確認できなんだけど)

ところで、華龍がよだれを垂らしていたのは原作になかった気がするけど。

これから月龍がどんどんダークになっていくから、ドキドキする。ダークヒロイン・ヒーロー好きなので、わくわくしてるよ。福山さんの演技も楽しみだし、シンとの絡みがどこまでアニメ版で再現されるのかも楽しみ。もうこの際だから、原作以上に二人の絆を描いてくれていいのよ。

 

 

 

アニメ「バナナフィッシュ」13話

アニメ「バナナフィッシュ」は一週間お休みでした。2クール目でオープニング曲とエンディング曲が変わるかと思っていたのですが、変わりませんでしたね。エンディング曲はかなり好きなので個人的にはこのままでもいいんですが、オープニング曲は変更を希望。

 

第13話はオーサーとの決闘シーン。

原作を読んでいた時、オーサーは好きでも嫌いでもなかったのですが、アニメ版ではなぜか私的に好感度がアップしています。なんでだろうと脳みそを絞って考えてみると、おそらくCVの細谷さんの演技がオーサーの格好良さをアップさせているような気がします。細谷さんの演技は存在感があって、オーサーの小物感が割と消えちゃった感じ。でも、こういう想定外の効果は音がつくアニメならではなので、いいと思います。

 勿論、音以外にも動きがつくのがアニメ化の一番楽しみなところなのですが、残念ながらアクションシーンがイマイチなんですよね、このアニメ版。動きがすごく平坦で、もっさりしている・・・。最初っからそうなんですけど、今回もオーサーとアッシュの決闘というアクションシーンが盛り上がる回なのに、全然動かない・・・。もう少しダイナミックに動かして欲しかったな。

まさか原作に倣って動いてません!なんていうことじゃないよね。

単に予算がない(=手数を掛けられない)のか、見せ方の工夫がない(=技術がない)のか、どっちかだと思うんだけど。私は寡聞にして最近のアニメを殆ど知らないので、このアニメの監督さんがどのような作品を手掛けていらしたのかわからないので何とも言えないんですが。

今まで散々、緩急がなくてダイジェスト感がひどいと言ってきましたが、このアクションシーンの動かなさも、平坦な印象に拍車を掛けていると思います。

勿論、吉田秋生先生も正直アクションシーンはお上手じゃないんですが、バナナフィッシュの肝はそこにあるんじゃなくて、会話の巧みさと繊細な心理描写を楽しむものだと思っているので、アクションシーンが拙くても私的には没問題!でも、アニメでそれはダメでしょう・・・。

 ちなみに、バナナフィッシュをめぐるハードボイルドな展開も私的にはあくまでも舞台装置だと思っています。吉田先生は本当に会話の機微がすごく上手くて、バナナフィッシュはハードな展開と繊細な人物描写が奇跡的にうまくかみ合った作品だと。

会話の巧みさといえば、「河よりも長くゆるやかに」は吉田先生の作品の中でも一番会話を楽しめる漫画だと思うので、ここでお薦めしておこう。

 

河よりも長くゆるやかに (小学館文庫)

河よりも長くゆるやかに (小学館文庫)

 

 

 

アニメ版の文句ばかり言っていて申し訳ない。

勿論、いいところもあるよ。この回でヘミングウェイの「キリマンジャロの雪」をめぐるアッシュと英二の会話を入れてきたのはグッドジョブ!省略されなくてよかった。

 

あとワンクールしかないんですが、どこまでやるんだろうか・・・。大幅カットは覚悟していますが。