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ぬるい懐古オタクがだらだらと語るだけ。

Mr. ラコック 「カイ・シデンのレポート」より

今週ようやく連休でほっと一息です。感謝祭のお休みは山積みの仕事を片付けようといつも張り切ってスケジュールを立てるのですが、だいたいひたすら料理をして友達のうちにお呼ばれして終わりっていうのが例年のパターン。(自分でターキーを焼くのは大変なのでいつも人のお家で食べさせてもらっています)無理だとわかっているのにそれでも長い「やることリスト」を作ってしまうのは悪癖だな。

 

で、前回のつづき。

 

 ことぶきつかさ氏の「機動戦士Zガンダム デイアフタートゥモロー カイ・シデンのレポートより」(全2巻、2007)に出てくるラコックについて。(正確にはラコックの視点でみたハマーン・カーンについて、かな)

 

 

 

2巻に登場するラコックは、正直、全く記憶になかったです。本編ではファーストしか出てなかったからかな。ナミカー・コーネルやゲーツ・キャパはマイナーだけど、Z世代の私にはすぐわかるし…。

で、このラコックから見た少女時代のハマーン・カーンがなかなか面白かったです。彼は地球での旧ジオン関係者のまとめ役で、のちに地球に降りたミネバの世話役になるという設定だそう。なかなかいいですねぇ。ここからさらに、ユニコーンのジンネマンとつなげてもいいけど、個人的にはつながらない方が好みかな。(あまり福井設定につなげたくない)

ラコックはハマーンがミネバを傀儡に立てて戦争に巻き込んでいることに否定的で、そのことでハマーンに嘆願すらした、とカイに告げるのですが……。

そこで、カイはハマーンが諫言を聞き入れるような寛大な心を持っていないのではと疑問を呈するわけです。でも、ラコックはハマーンのことを「巷で言われているような方ではなく、お優しい心をお持ちの方である」とかばってくれるのが、もうそれだけで泣けるわ。(←最近、涙腺が弱い)

悪行を重ねたハマーン様だけど、たとえ一人でも彼女のことを優しい人だと言ってくれる人がいるのは救いだよね。

で、興味深いのが、彼女がその優しさを失ったのが父マハラジャとの確執という解釈。ポイントは以下の2点。

1)父のマハラジャは男子の誕生を望んでいたけど、女の子ばかりでがっかりしていた。ハマーンはその父に認められたくて軍人の道を歩むことに。

この解釈で真っ先に思い出したのが、「イデオン」のハルル。(以下ネタバレ)

 

ハルルは敵対組織側の総司令の娘で、女を捨てた女として武人の道を歩んでいるんだけど、でも過去に愛した男のことが忘れられなくて、妹のカララが地球人の男と愛し合って子どもを身ごもったことが許せなくて殺してしまう。父の総司令にも本当は女として生きたかったと訴えるんだけどわかってもらえなくて……というキャラ。富野監督の描く女性敵役のプロトタイプです。

ハルルとハマーンの共通点は多いので、富野監督がハルルのようなキャラとしてハマーンを造ったと、ことぶき氏が考えるのもわかるし、まあありうる解釈だと思います。

ただ、マハラジャ・カーンは武官ではないし、そこまで男を望むほど男系社会だったのか疑問でもあるので、個人的にはちょっと微妙な解釈です。「ありうるけど…でも…」という留保付き。

ちなみに「イデオン」は長い間見ていないので、もう一度見たいなあと思っているのですが、時間がない! ちまたで高く評価されているほどに「イデオン」を評価しているわけではないのですが(現時点で)、もう一度ちゃんと見れば再評価できるかもと考えています。まあ、そんなあやふやな記憶の中でも、ハルルは一番記憶に残っているキャラです。(基本的に私が一番興味をひかれるタイプの女性キャラなので)

 

2)父のマハラジャが忠誠の証として長女(ハマーンの姉のマレーネ)をドズルの側室として差し出したことに対して反発していた。で、ザビ家(とミネバ)に対しても複雑な感情を持つように。

 

姉がドズルの妾だったという話は小説版のZガンダムからで、昔からある話ですね。ZZアニメ本編でも「塩の湖」の回で、ハマーン様が「姉はザビ家に尽くして宇宙の果てで死んだ」という怒りの独白をしていたので、ザビ家に対して複雑な感情を持っているのも事実。姉が納得してドズルの妾になったのかはともかくとして、ハマーンがそんな姉に反発していたのは小説版で描かれていました。(でもカミーユと精神感応をした時には「姉さんは命の力が弱かったのよね」と優しい気持ちを姉とドズルのイメージに対して吐露していたけど…。←小説版Z)

 

姉をドズルに差し出した父親を恨んだという解釈はありうるけど、でも、彼女自身もキシリアのところに送られているし、そのこと自体には納得しているんじゃないかと思っています。反感は確かにあるけど、その反感が父に向かったかは別問題。

姉妹のうち長女(マレーネ)をドズルに次女(ハマーン)をキシリアに差し出したのは、マハラジャ・カーン自身の保身というよりも、生存戦略に見えるんですが。政局・戦局が不透明な中、カーン家と姉妹の生き残りをかけて二人をそれぞれ別々のザビ家の将に預けたんじゃないかな、と。もしくは、ザビ家から人質として家族を預けるように暗に要求された、というのも非常にありうる話。(史実でも戦国時代によくあったからね)

キシリアは女性だし、(性的に)手を出したりはしないけど、あんな女の子(当時のハマーンは小学生くらい?)がフラナガン機関に送られたのは、ドズルに手を出された姉と負けず劣らず不幸な話だ…。キシリア閣下に可愛がられていればまだ救いはあるんだけど、どうなんだろう。ちなみに「虹霓のシン・マツナガ」の6巻で、キシリアと子ども時代のハマーンが一緒にブリッジにあがっているシーンがあるけど…。これは後付けだな、完全に。(ちなみに、この漫画での子ハマーンちゃんはツインテールです。うぬぬ…北爪氏のCDAの影響がここにも。)そうそう、この漫画では、マレーネがドズルの妾になったいきさつが語られていて、なんだかなーというマレーネの結末です。こりゃないんじゃない?って正直思いました。

 

姉がドズルの側室(お手付き侍女って感じ?)にされたことに反感を持ち、その反感が男性性に向かったというのなら納得。ハマーン様、潔癖だから。(そういう思春期の少女じみたところが個人的には好きポイントなんだけど。)でもって、シャアがアクシズを去ってからは男嫌悪に拍車がかかり、どんどん拗らせていく…と。でも、マハラジャとハマーンの父娘関係自体は、簡単ではなかっただろうけど、確執を招くほどに悪くはなかった、というのが私の解釈です…。

 

でもでも、こんな些細な解釈違いは全然問題じゃないです!むしろ大歓迎。「カイレポ」のラコック編が好きな理由として、ハマーン様のアステロイドベルト時代に対する新たな見解が出てきたってところです。北爪氏の「CDA 若き彗星の肖像」に非常に不満があるので(はっきり言えば大嫌い)、半公式作品で「CDA」と違った解釈が出てくれば、「CDA」の正統性が揺るぐので、もっともっと色々な作品でハマーン様の過去を多様に描いて「CDA」の世界観をぶっ壊してくれと願っています。

 

で、ことぶき氏のあとがき対談でもこのあたりの事情が書かれていて面白いです。ことぶき氏も、北爪氏の「CDA」とどう摺り合わせようかと悩まれたご様子。まあ、そうですよね…。ビジュアル面では完全にCDA準拠(マハラジャの容姿とハマーンの正装姿)ですね。ただ、ことぶき氏が認めていらっしゃるように、ハマーンのザビ家に対して抱いている感情はCDAと違ってしまった、という。ラコックからの視点ということで、解釈違いを解釈してくださいと仰っていますが、ファンとしてはむしろ歓迎です。

残念なのは、ハマーンとシャアの関係について言及がなかったこと。これはつっこむのが大変だよね…。二人とも宇宙世紀の主要人物で、うるさいファン(私も含み)が多いし。公式側もなかなか許可出さないんじゃないかね。

でも、あのCDAの内容で許可が出たのが当時びっくりしました。オリジナルスタッフってさすがに強い立場なのねぇ、とも思いましたが。あれ、昔ながらのハマーンファン(私みたいなうるさい小姑…)もそうだけど、シャアのコアなファンならあり得ない内容だと思うよね…。(シャアのファンこそ怒るべき)

 

ということで、まだまだガンダム再燃&ハマーン様ラブなのは、来年も続きそうな予感。