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ぬるい懐古オタクがだらだらと語るだけ。

新作歌舞伎「風の谷のナウシカ」雑感3(クシャナ殿下)

新作歌舞伎「風の谷のナウシカ」感想の続きです。クシャナ殿下についてのエントリーですが、非常に取り乱していて申し訳ないです。

クシャナ殿下への愛を語りはじめると止まらないんです。強くて聡明で凛々しくて孤高の皇女、でも脆く儚いところがあって、本当は優しくて情に厚く、傷ついた心を抱えながら復讐に生きる有能な女指揮官なんて、惚れないほうがおかしい。殿下は自分の兵たちを守ろうと必死で、でも部下たちも殿下を守ろうと命を懸けているって、もうそれだけで胸が熱くなる…。クシャナ殿下は物理的にも強くて男たちを守れる人なんだけど、男たちもそんな殿下を体を張って守ろうとするっていう、第三軍の兵たちと殿下の強い絆がすごく好きなのよ。ああ、他にも殿下の好きポイントはたくさんあるんだけど、語りだしたら止まらないので、ここでひとまず止めておこう。

 

以下、歌舞伎版のクシャナ殿下についてネタバレ全開、かつ、私は歌舞伎には全くの素人なので、その点ご注意くださいませ。

 

 

 

 

派手な音楽を背景に紫のマントを翻して花道を颯爽と現れた段階でもう心を持っていかれました。なんなの、あのお美しさは!

 

中村七之助さん演じるクシャナ殿下は非常に美しく、凛々しく、儚く、存在感が際立っていました。(正直、菊之助さんのナウシカを喰っていたと思うのは私の欲目? まあ原作からしてその気配があるんだけど。原作でも影の主人公って言われているからさ…)

強さの中にある脆さが危ういというのが殿下の魅力なんだけど、その危うさが上手く表現されていたと思います。

 

動いて話しているのが魅力的なのは当然ながら、私はその立ち姿に心を奪われました。舞台に立っているだけで華があるってすごいよね。中村七之助さん演じるクシャナ殿下の立ち姿は手足の先まで凛とした緊張感があるからでしょうか。

お化粧も口紅やアイシャドウの紅が最小限なのも殿下の凛とした美しさがよく出ていました。それから、原作の殿下は唇の端を上げて皮肉気な表情(でも美人!)をよく見せているんですが、七之助さんの見事な再現っぷり! 唇を歪めてもお美しいのがさすがです。

声色は、映画版のクシャナ殿下CV榊原良子さんに寄せてくださったのかなという印象で、榊原さんファンの私でも安心して聞いていられました。むしろ榊原さんが女性にしてはハスキーな独特のお声なので、男性が無理して高い声を出さなくて済むという点で、七之助さんが演じるには有利に働いたのかもしれませんが。 

 

そもそもキャラの一人称が変わると違和感は大きくなり、同一人物と認識するのが難しいものなのですが、クシャナ殿下の一人称が「妾」へと変わったのに(原作では「私」が自称)、全く違和感がないっていうのは大勝利じゃない? 勿論、原作自体が時代がかったセリフが多いし、特に殿下は古風な話しぶりだからっていうのもあるんだけど。「妾」使いの殿下に全く違和感なく物語世界に入れたのはすごいです。

今回の歌舞伎版オリジナルの殿下セリフで気に入ったのが(顔を歪めながらの)「片腹痛いわ」と「地獄の門を開けてくれるわ」あたりですかね。

 

いつもの編み込みに、後頭部に髷と髷ナシ(長いポニーテール)の二種類あります。髷のときは薄紫のリボンで縛ってあります。リボンとマントを同系色で合わせているのが素敵。で、髷がないときは、長い髪がそのまま縛られずに垂れ下がっています。

今回の歌舞伎版では、殿下が死んでいった部下たちに切った髪を手向けるシーンが省略されていました。殿下の部下に対する思いが出ている名シーンなので、省略されたのがすごく悲しかった。歌舞伎では女性が髪を切るシーンってないの?(尼になっちゃう?)髪を梳くシーンはあるけどさ…。

まあ、長いお髪を振り乱しながら剣で立ち回りする殿下のお姿が非常に美しかったので、省略は許そう。

 

衣装

基本のお着物は白と金の鱗模様。トルメキア王家は双頭の蛇が紋章なので、トルメキア関係者は鱗模様が衣装に取り入れられていて、殿下も勿論毒蛇の娘なので、同様。歌舞伎では道成寺の白蛇が鱗模様の白い衣装だから、歌舞伎ファンの方にも違和感は少ないかな?

で、白いブーツをお召しになっています。(お似合いです。)

この白の鱗模様の着物をベースに、甲冑姿と陣羽織姿があります。陣羽織は白に金の刺繍が入ったもので、足元まで長く引きずるもの。陣中で着用していてとっても優雅! 白のお着物と合わせて全身白なので、ナムリスのプロポーズシーンではまるで花嫁衣裳のようだった……。

甲冑姿はほぼ原作と同様のビジュアルですが、マントが素晴らしくお似合いでした。もう、なんなのあのマントは!

マントは地模様がある深い紫のベルベッド(ベロア?)で、銀の縁取りがあります。マントを翻す姿は凛々しくて優雅で、最高でした。

アニメでは殿下のマントは白、原作では薄い紫ぽかったのですが、戦場で薄汚れていて(失礼!)殿下のマントが紫っていう印象があまりなかったんですよね。でも、この舞台を見ると、深い紫と白いお着物がすごくマッチしていて殿下によくお似合い。衣装担当の方の慧眼に拍手!

(白と紫のコンビネーションと言えば、AMX-004キュベレイを思い出すのが、ガンダム脳の私だけど。まあ、クシャナ殿下とハマーン様は姉妹みたいなものだから!)

 

ところで、マントと言えば、ヒドラに服を引きむしられたナウシカに、殿下がマントをあげるのがすごく好きなの(原作版)。殿下の優しくて女性らしい気の使い方がよく出ているシーンで、女同士の連帯が胸をうちます。そもそも殿下がナウシカに甘いのがすごく好き。クロトワが殿下に新しいマントを渡そうとしたときにも、そのマントを断って「マントはある」って呟くのがいいのよ。殿下にとっては自分のマントをナウシカが身に着けていることで、自分の心もナウシカとともにある、と思いたいんだよね。うむ、やっぱり殿下はヒロインだわ。

ナウシカも、殿下の兄皇子二人に、「クシャナさんは生きています。このマントをくれました」と言ったり、庭から脱出した後、ケストがマントとスパッツをナウシカに届けたんだけど、ナウシカが嬉しそうに「クシャナさんのマント」と言ったりするのでニヤニヤします。ナウシカもちゃんと殿下の気持ちをわかっているんだよね。

しかーし、歌舞伎版ではこのマントを通じた女同士の連帯が省略されていました。悲しい……。まあ、ナウシカにはあの深い紫のゴージャスなマントは似合わないよね。いい意味で驕慢な殿下にしか似合わないと思う。で、歌舞伎版では、その代わりに、殿下は最後にこのマントを父ヴ王の遺体にかけたんだけど…。うーむ、この最後の父と娘の和解シーンには複雑な感情があります。

 

父と娘

夜の部は道化の口上からスタート。各人物が舞台に登場して、自己紹介。殿下に次いで最後にナウシカが登場。この時ヴ王をのぞく全員が舞台最後尾に現れるナウシカに向くんだよね。ヴ王だけがナウシカを見ないっていうのがいいですね。(でもそんなヴ王が最後にナウシカをかばって死ぬっていうのが……)

ヴ王のセリフで気になったのが、「利口な女は大嫌い」なんだけど、ヴ王と殿下の対立は色々な要素が絡んでいるからねぇ。殿下の聡明さだけが疎まれた原因ではないから…。原作の殿下のセリフから見ると、ヴ王は「暗愚で小心者」なんだけど、実際に墓の主と対峙しているヴ王を見ると度胸も貫禄もある王だよね。ただ、「王道」は外れている王だ。ミラルパが若いころ、人を救おうとした名君だったように、ヴ王も若いころは志がある王だったのかもしれない。最期、殿下に「父として」忠告したように、粛清に歯止めがかからなくなってしまい、若いころの理想を失っていったのかも。原作ではこのシーンでクロトワが内心「よく言うよ」って呆れていたけど、歌舞伎では道化が言っていましたね。まあ、舞台では心の中の声を表すのが難しいし、あの場では道化しか言える人がいないので、しょうがないね。

で、このヴ王の最期ですが、原作では「好きになれない女だったが」のところを、「好きになれない娘だったが」に変更になっていました。歌舞伎版のほうが、ヴ王は殿下のことを娘として見ていて、最後に譲歩したって感じですね。死に際のヴ王が殿下に手を差し出すんだけど、殿下はその手をとらないんです。で、ヴ王は一端その手を置くんだけど、もう一度手を差し出す。ここで殿下がためらいつつも、とうとうその手を取るっていう表現の繊細さが胸を打ちました。

ヴ王にはヴ王の、娘を嫌う理由があると思うんだけど、原作のほうが、ヴ王は意地を通したって感じですかね。まあ、殿下にとっては恨みしかないだろうし(母の件も、子供時代の殿下自身の苦しみも、そして死んだ部下たちのことも)この歌舞伎版のように安易に和解なんてできないはず。勿論、それでもいつか殿下は父や兄たちを許さなければいけないと思うけど。

そうそう、歌舞伎版では殿下とヴ王の似たもの同士が強調されていましたねぇ。ナウシカに対して「小気味よい」ってセリフを二人とも繰り返しているし。ヴ王が殿下のことを嫌っているのは同族嫌悪かな。殿下が兄の第三皇子に向かって、兵を捨てて逃げるなと苦言していたけど、殿下は正論を吐きすぎでヴ王にとって鬱陶しい存在だったのだろうね。もしかしたら若いころの自分を思い出させて嫌だったのかな。ただ、殿下自身は、自分が実は憎んでいる父親に似ていることをわかっていないのが面白い。賢くて美人なのは母親譲りとのことだけど、性格は案外ヴ王似だよねぇ。

 

で、ナウシカをかばって死ぬヴ王と対照的なのが、殿下をかばって死ぬユパ様。

私はやっぱり原作版の方がよかった。まず、ユパ様が死ぬとき、色々な人にメッセージを残すわけです。まずナウシカに、次にケチャ、そしてマニの民、最後にクシャナ殿下。この殿下への遺言がすごく泣けてくるし、彼ほどの人が命をかけて殿下を守ってくれたっていうのが、もう…。(正直、ヴ王がナウシカをかばって死ぬことにさほど感動はない。殿下を苦しめていた人だしさ。最後くらい善行積めてよかったね!程度の感覚。)

でも、歌舞伎版では、殿下、ケチャ、マニの人々、最後にナウシカっていう風に順序が変わっていたから、殿下への感動的なメッセージがちょっと薄れていました。むむむ。順序は変えてほしくなかったです。

で、この後に、原作では殿下とチククの会話&握手があるんだけど、それが省略されたのもかなりがっかりです。トルメキアの皇女と土鬼の土着の王の子孫が握手するのは未来に向けた希望だし、殿下が小さな子どもと握手してお友達になるのを見たかった…。(殿下って子どもに慣れてなさそうだから、ちょっとドキドキしてたりしたら可愛くね?)さらにここで、チクク曰くナウシカが殿下のことを「深く傷ついた鳥」で「本当は心の広い大きな翼をもつやさしい鳥」だと言っていたのが省略されちゃったけど、どこかのセリフで活かしてほしかったな…。

 

クロトワとナムリス

殿下はナウシカに甘いんだけど、クロトワとナムリスにはかなり塩対応。でも、それがイイ! (あ、セネイとか一般の将兵には優しいと思うよ。あと女子供にも)

カボの基地でクロトワを抱いて蟲と対峙するシーンはもう感動的。蟲の造形もよかったです。殿下が「お前が妾の死か」と話しかけるんだよね。一人称変わっていても素敵なセリフだ。殿下が口ずさむ子守歌のメロディが、映画版のナウシカ回想シーンに使われるあのメロディなんですよ。(ララランララ…っていうあれね。)「ねんねんころり ねんころり ねんねんころりよ 我が胸に」っていう歌詞をあのメロディにのせて殿下が歌っているなんて…。ただ、このシーン、原作では殿下の過去回想が挟まれている重要なシーンなんだけど、過去の回想が舞台で省略されたのが残念…。ナウシカの過去回想みたいに、子役を使って再現して欲しかったです。殿下が唯一先王の血をひく存在で、殿下の母が殿下をかばって狂ってしまったことは、その前に道化によって説明されているんだけど、やっぱり劇として表現してほしかったな…。回想シーンのメロディをナウシカと殿下の二人に重ねることで、二人が表裏一体の存在であることを示せるんだけど、母との関係も二人にとってキーポイントなので、やはり殿下の回想シーンを入れた方が説得力があったと思う。

このシーン、原作ではクロトワだけじゃなくて他の兵もいたんだけど、歌舞伎版ではクロトワと二人きりというのは、エモいです…。でも、蟲が去って生き残った際に、クロトワに「殿下も物好きですねぇ。俺なんか捨て置けばいいのに」って言われて(ほぼ原作通りのセリフ)、そのままぽいっとクロトワを殿下が捨てて、クロトワがずっこけるのが非常によろしいです! 殿下はクロトワにつんけんしているのが可愛い。

で、その後、ナムリスに拉致されて政略結婚をするシーン。

いきなり土鬼の旗艦内部です。ナムリスは舞台正面を向いていて、殿下は観客に背を向けて登場。背を向ける殿下が好き。

 

原作で殿下が艦内を爆破してナムリスに面会するシーンは最高にカッコいいんですが、このシーンが省略されたのは、まあ仕方ないですね。

細かい点ですが、ナムリスは殿下に「毒蛇の姫」っていうんですね。原作では「毒蛇の娘」ですが。個人的には「毒蛇の姫」も素敵な表現だと思います。あと、「お互い親兄弟には恵まれないな」と殿下に話しかけるのも、ナムリスが殿下のことを同類だと思っているのが出ていて、いい。

 

問題は、ナムリスが殿下の最後に残された第三軍の兵を救出してから、プロポーズするという順序が間違っています。なんで変えちゃったの? 殿下は大切な部下を救出するために政略結婚を承諾するんだから、先に救出しちゃいかんでしょ。ナムリスも条件なしで殿下の部下を救出するようなイイ人じゃない。殿下が部下を守るために結婚を承諾する(貞操を差し出す!)のが、殿下らしくていいのよ。あとナムリスが「当面の生命、反乱の自由、不貞の自由」と結婚の条件を言うんだけど、原作では「不倫」だったのが「不貞」に変わっていました。

 

プロポーズされた殿下が「おもしろい。我が妻様と呼べと?」とナムリスに反応しますが、我が妻様なんて古風な表現、いいですね。で、ナムリスが殿下の肩に手を回したら、速攻で振り払われていたのも、非常にいいです。さらに「愛い奴、愛い奴」ってナムリスが言うのが、もうね…。(でも、ナムリスは巨神兵にも「愛い奴」って言っていたから、巨神兵と殿下は同じ扱いなの?!)

殿下が首だけになったナムリスをひっつかむシーンがクールなんですが、省略されたのはがっかり。殿下と生首の組み合わせがカッコいいのに…。

そうそう、殿下がナムリスの棺を土鬼側にもたらしたとき、殿下が「仮初の夫であったがねんごろに埋葬してくれ」と付け足すのが、すごくよかったです。殿下優しいね。

 

 ほかにも語りたい点はたくさんあるんですが、最後に一言。

エピローグで朝日が昇り、全員が舞台に立っているシーン。殿下とナウシカが見つめあって頷きあう仕草をするのに胸が熱くなりました。よくぞこの歌舞伎版をナウシカと殿下のダブルヒロインにしてくださった。感無量です。

 

 

なんかダラダラと語っていますが、こんな長いエントリーを最後まで読んでくださってありがとうございます。