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ぬるいオタクのひとりごと。だらだら、まったり、マイペース。

ガンダムZZ再考 2

前回からの続き。

 

以下は、ガンダムZZの気になった点を洗い出してみました。 

 

 1)構成の悪さ(ギャクパートについて)

悪評高いコミカルな前半は、実は結構好きです。マシュマーの回想シーンでのハマーン様がなんか笑える! 妙に色っぽいというか・・・。マシュマーはハマーン様を理想化して崇拝している割にはエロ目線で見ているのかしら? いや、純情な青年でも男の欲望を持っているのはいいんですけど。もー、ハマーン様を押し倒しちゃえよ、とか無責任なことを妄想しちゃいます。瞬殺されるでしょうけど。

ただし、この前半がうざいというのもわかります。それは、ただ単に、長くてグダグダしすぎだから。こんなに話数かける必要性ないでしょ。ジュドーがエゥーゴで戦う動機がいまいち曖昧なので、もっと早くにリィナをグレミーに誘拐させておけば、それでジュドーが戦う動機付けができたので、前半部分のグダグダっぷりを解消できたのでは?

 

正直、ZZという物語が動き始めたのは、プルとハマーン様が登場した回からなので、これをもっと早くにもってくれば、前半はすっきりしたし、後半の詰め込みすぎも解消できたのにね。

 

ギャクパートと構成の悪さという点でいえば、情勢が押し詰まった後半で、タイガーバウムのネタ回をぶっこんできたのもどうかと思います。

タイガーバウムのエピソードは視聴者へのサービス回って感じで、後半の切羽詰まった中でやることじゃないと思う。女装のジュドーとイーノは可愛いけどさ・・・。ハマーン様が変装してジュドーにわざわざ会いに来るというのも戦局が緊迫した中で、ちょっとありえないよ。変装ハマーン様はめっちゃ美人だし、アッガイの操縦が素晴らしいので、ハマーン様好きな私としてはすごくジレンマだけど。

ただ、タイガーバウムは早めのエピソードなら有りだと思います。

流れとして、ジュドーとハマーン様がモウサで初めて出会って、ハマーン様がジュドーに興味を持ち、変装して潜入する。で、タイガーバウム。それから、地球に降下。これなら後半の流れを止めなくて済んだんじゃないかな。

 

2)ニュータイプ能力の大安売り

ZZを見ていてとても気になったのが、NT能力がすごーく便利に使われていること。なんというか人探しにも使えるよ!って感じ。NTってエスパーじゃないんでしょ?百歩譲って、「子どもはみんなニュータイプ」というZZのモットー(?)を肯定したとしても、このNT能力の大安売りはいただけないな。

初代では後半パートでのスパイスだったニュータイプというコンセプトが、Zでは戦争の道具(強化人間の登場)として、さらに政策の焦点(シロッコやハマーン様というNT政治家の登場)として、大きくフィーチャーされたのですが、このZZではなんだかよくわからない具合に便利な力として使われてしまったのが、私的には不満ですね。まあ、Zで大々的にクローズアップさせすぎたおかげで収拾がつかなくなったのかなと思っていますが。

さらに悪手だったのがムーンムーンのサラサを出すことで、新興宗教の霊能力とNT能力をオーバーラップさせてしまったところもオカルト感をさらに悪化させてなんだかなぁと思いました。(このあたりは、以前のZZハマーン様ポストでも言及していますが。リンクは下に貼っておきます)

 

NT能力と超能力と宗教的霊能力がZZで混在しているのは、ガンダムにおいてNTというコンセプトが行き詰ったことを示していて、これは製作者の問題であり、ZZという作品にとっては不幸だったのかな。

 

あと、ラスボスとしてのハマーン様vsジュドーの因縁を強調するために、二人のNTとしての繋がりを描こうとしているんだけど、正直全く機能していないと思う。これも以前のポストで言ったことだけど、男女のNTは恋愛関係に陥る(特に敵味方でわかれているケース)というお約束は、ジュドーがまだ子どもだから、恋愛関係ともつかない中途半端な関係に・・・。一応ハマーン様は頑張って(無理をして?)誘惑しようとしているんだけど、なんというか微妙だよねぇ。そもそも彼女には男を誘惑できるだけの女としての器用さがないからさ。(でも、そこがハマーン様の可愛いところで大好きなんだけど)

 NTの男女関係とハマーン様については以前のポストに書いておいたので、とりあえず貼っておきます。

banana-snow.hatenablog.com

 

3)戦局の見えなさと軍隊としてのグタグタ

 戦局が見えないのはZガンダムもそうだったんですが、ZZは輪をかけて酷いです。ティターンズが消滅した世界で、エゥーゴが事実上地球連邦と同義になっているはずなんですが、エゥーゴの位置づけもわからないし、アーガマが戦局においてどう動いているのか全く見えてこないです。メッチャーの指揮下にあるのかね?エゥーゴのトップってそもそも誰なのさ?あと、ネェル・アーガマが子どもだけで運用されるっていうのはやっぱり無理があると思うんだけど・・・。せめてブライト艦長だけでもいて欲しかったわ。ビーチャが艦長代理っていうのもありえない。ZZでは「子どもvs大人」が強調されていて、自分勝手な子どもたちが、狡い大人たちを振り回していくというのはテーマとしては悪くないんだけど、なんというかそのせいで無理な展開になっていると思う。勿論ガンダムに現実性を求めているわけではないんだけど、それでもねぇ。

ビーチャとモンドの裏切りうんぬんも鬱陶しいエピソードだったな。だいたい軍隊で敵に寝返ってから戻ってくるってないよなーと思います。いくら子どもとはいえ。というか、こういうのが子供騙し的なエピソードで不評を買う原因になるのでは?

 

軍隊といえば階級なんだけど、ネオジオン側も「様」呼称ばかりで、タイトルは呼ばれないのね。これは、ネオジオンが軍隊組織として体を成していないことの暗喩なのか、それともハマーン様自身も軍のタイトルがないから、それに倣っているの?メタレベルでいえば、ZZという作品が子どもを視聴者のターゲットにしているからわざと省いたとか?

ZZは子どもと可愛い女の子がいっぱい出てくるけど、大人の職業軍人が不在なのがその代償かね。ZZに出てきた大人の男の職業軍人ってラカンとオーギュストくらいかな。オッサン軍人好きな私としては辛いな。そもそもラカンがね・・・。中の人も私の大好きな大林隆介さんで、ハマーン様を裏切りさえしなければ、推し筆頭だったのに! でも、裏切ったから許さない。

 

4)他

細かいことなんだけど、ミネバ・ザビ妃殿下という敬称は間違っています。ミネバ様はお妃ではないので、ミネバ・ザビ公女殿下とすべきです。スタッフの誰も気が付かなかったのかねぇ、当時。でも、ミネバちゃんのお父さんや伯母さんは「閣下」で呼ばれていて(軍人としての肩書があったからね)、「公子殿下」「公女殿下」と呼ばれていたことはなかったと思うんだけどね・・・。

ガンダムシリーズってもともと敬称や肩書がめちゃくちゃで、細かいところを気にしてはいけないとわかっているんだけど、でも、私は気になる!だいたい、シャア大佐じゃなくて、アズナブル大佐とすべきなのに。今更ではありますが。どうして当時誰も指摘しなかったんだろう?

 

 

ところで、ZZこそ再編集して劇場版を作るのにふさわしい作品ではないかと思うんだけど、どうかね?

 

ただ問題は誰が劇場版ZZを作るって話だよね。富野監督はZZに愛情がないから、手を引いて頂きたい。ZZという作品に愛があって、宇宙世紀をよく理解している人といえば・・・。今ならやっぱり福井氏になるのかしら?うーん、それはそれで危険な香りがする。私としてはハマーン様に愛と理解のある人に劇場版ZZを作っていただきたいんだけど、福井氏はハマーン様をどう思っているんだろう?

もし、ハマーン様がジュドーと木星へ駆け落ちエンドなんていう劇場版ZZが作られたら、その監督様には一生忠誠を誓います。